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アートコラム

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第7回「明日の自分を思い出す」

2024年01月01日更新

 江戸文化の研究者で漫画家でもあった杉浦日向子さんは、江戸時代、人は「時間がない」などと言ったり嘆いたりしなかったと仰る。時間は例えば空気のごとく無限にあり、「時間がない」などと時間をケチるがごとく言うのはみみっちい了見だと考えていたと。
  現代人は、便利になって却って忙しくなった。あれもできるこれもしようと時間に追われ、すぐ役に立つことばかりに気をとられるようになった。挙句、現在のせわしない時間に自らを閉じこめ、遠い未来へ目を向け難くなってしまった。もっと混沌とした曖昧な、予想も出来ない人生の不可思議が、未来に待ち受けて受けているかも知れないというのに。自戒の念を込めて、日常的な場面で「速さ」ではなく、つとめて「遅さ」を選びとる姿勢が大切だと感じる。
 杉浦さんの早世は惜しまれるが、「タイパ」などと言う言葉が日常を席捲する野暮な時代に生きてなくて幸いだったと、涅槃に遊んでいらっしゃることだろう。

  遅く後になって分かることがある。「あぁ、あれはこういう事だったのか」と。遅れて届いた手紙を受け取った時のように。
 かつてよく読んだ中原中也の詩「無題」の中の幸福の一節に、なるほどそうだと諭される。
  「されば人よ、つねにまづ従はんとせよ。 従ひて、迎へられんとには非ず、従ふことのみ学びとなるべく、学びて 汝が品格を高め、そが働きの裕(ゆた)かとならんため」
  あるいは長らく理解できずにいた坂本龍馬の、「厚情かならずしも人情に非ず、薄情の道忘れる勿れ」という言葉などにも。
 遅ればせながら、何につけ性急で過剰な自分を自覚し、繰り返し反省する。

  数年前にある画廊で「ボケる時にはボケるがいい 死ぬ時には死ねばいい」と記された書額を求めた。書いたのは遠藤周作。何故それを求めたのか、今もって自分でもよく分からない。クローゼットに入れたままにしておいたが、最近になって部屋にかけてみた。言えば身も蓋も無い言葉で、面白くも何とも無い。自分自身に書いたものか、人に宛てて書いたものかも分からないが、しっかり印章も押してある。本音以外で書ける言葉ではないこんな文句を、わざわざ書す作家がいるだろうかと、少々可笑しくもある。

  好きなのにどうして好きなのか分からなくて、眺めるうちになるほどと独りごちする作品がある。いつまで経っても嫌にならないから結局好きなのだと、妙な納得の仕方をしたりもする。その時の自分の常識で測り切れないものに出会うことは、自分の中にあってやがて開かれる時を待つ、未知の回路の可能性を広げて行く糸口につながるのではないか。
 遠藤が名も知らぬ誰かに宛てた言葉に出会って、暗い道に入り慄いていた私も、どうにか明るい場所に辿り着けそうな、妙な安堵を感じるのだった。

▲遠藤周作書 イメージサイズ 16.0×23.0cm
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