Art Column

第27回「フジタの猫、その後」
近ごろは未来に目を向けるより、過去の仕事に向き合うことが多くなった。
画廊では、お客様のいわゆる終活に向けたコレクションの整理を承ることが、ここ数年多くなった。コレクションも一代一代のもので、たとえ親子でも嗜好は異なる。異なるどころか、親が蒐めた美術品に全くご興味をお示しにならないご子息、ご息女も少なくない。それら後継に関わる仕事も残すところ僅かとなった。登山に例えて言うなら、今まさに下山のさなか、より確かに無事に歩を進めて行かねばならない。
残り幾つかのチャレンジングな仕事のうち、懸案の筆頭はフジタの猫だった。
なすすべもなく、長らく倉庫に保管したままになっているフジタの猫。贋作の疑念を晴らすに足る調査結果であると確信したポーラの作品との比較調査は、無視されたも同然の扱いで頓挫し、その後暫くして起こったコロナ禍に巻き込まれ数年塩漬け、以来あっという間に7年の時が経ち今に至った。どこかの知事さんではないが、「どげんかせんといかん」と。そこで去年の9月、久しく連絡を取っていなかったU氏を箱根に訪ねた。
ヴイッソン氏の鑑定はあきらめるしかないと思っていた。高齢を理由にすでに鑑定の仕事を退いたとか、息子氏が仕事を引き継いだがあまり芳しくないとか、混沌とした鑑定の現状が聞こえてくるばかりで埒が開かない。
完全に白黒をハッキリさせたいなら、費用をかけても科学調査を依頼するべきか、いよいよ腹を決めなくてはならないと箱根に出かけた。絵の具やカンバスが当時のものなのか、描画技法に関しても、現在では最新の機器で鑑定が可能であろう。客観的データを揃え、それを持って然るべき先へ仕事を進める方がより現実的であるように思われた。
しかし意外にも相談したU氏からは、再びヴイッソン氏に鑑定を申し込む事を勧められた。聞けばごく最近、国内の美術業者がヴイッソン氏の鑑定を取ったとの情報を得たという。仲間うちのキュレーターが仲介したようだ。
U氏の話では、個人の美術商からの鑑定依頼に関しては、あまり積極的でないらしいが、美術館からの依頼については、比較的スムースに進むとの事であった。まして今回の作品は、「日本に行くチャンスがあった際には是非ポーラの作品と見比べてみたい」と、いみじくもヴイッソン氏にそう言わせた経緯のある作品である。前回は結局門前払いを食らわされたかたちとなったが、今度はこちらから作品をフランスに持ち込み直に見て頂こうと、U氏に鑑定の手配を進めてもらうようお願いした。
万全の準備を整えたものの、それからが長い。先ず鑑定を申し込んだが音沙汰がない。相変わらずヴイッソン氏はU氏が何度連絡を求めてもメールに返事をくれないとの事であった。U氏も色々と手を尽くして下さったようだが、「ヴイッソン氏においてはよくある事で、先に鑑定を取った美術業者の場合も、かなり時間がかかったらしい」と泰然自若の構え。このネットの時代にと、小者の私は遅々として進まない状況を憂う。最終的に、ヴイッソン氏 が監修を務めたフジタの展覧会のコーデネーターに、ヴイッソン氏への取り継ぎを頼むことになった。それが効を奏し、ようやく事態は進展をみた。しかし以降も一事が万事、この間、隔靴掻痒を感じること幾たびか!去年9月から今年2月、鑑定日のアポイントを取り、正式な鑑定依頼書を送ることが出来るまで、丸5か月を要した。
鑑定は、輸送会社のフランスの保税倉庫にヴイッソン氏と息子のカシミール氏がお揃いでお越し下さる事となり無事執り行われた。U氏にはフランスでの鑑定の立ち合いをお願いした。改めてポーラの作品との比較調査結果について説明し、再度資料の提出をするためであった。念には念を入れた。
鑑定の結果は、U氏からの報告では、全体の印象は悪くないが二、三気になる所があり、目視では真とも贋とも判断できない。詳細な化学分析が必要で、その結果がないと是か非か明言できないという事であった。作品がパリにあるうちに、フジタの作品の分析を何度もしている絵画分析の専門家に調査してもらってはどうかとの提案が、ヴイッソン氏からあったとの事である。
科学調査は蛍光X線分析が主体であくまでも非破壊検査なので、精度の点では決定打にならない場合も予測されるが、コンサベーターで数多くフジタ作品を見てきた息子カシミール氏の経験や判断が、今回の結論を大きく左右するのではないかと、U氏は推測した。
紫外線による蛍光反応に気になる点があったとはいうものの、少なくとも贋物とならなかった事に望みを託し、科学調査の見積もりと、今後の調査のスケジュールの連絡を待つことにした。
作品は鑑定(初見)の日から三週間ほどして羽田に戻った。
結局、化学分析は独断で進められてしまった。化学分析の結果を確認しないとコメントを出せないという理由で、調査の見積もりやスケジュールの打診は一切なかった。U氏からは、分析を進める前に事前に連絡が欲しかった、また金額によっては分析費が支払えるかどうか分からない等、取り急ぎメールを送ったと連絡があったが、時すでに遅し。分析官の時間的な都合もあったのだろうと譲歩するしかなかった。
その後作品の支持体調査のため、画布のシルクを採取して送って欲しいとU氏にメールがあり、それを受け取ったという報告が5月半ばにあったのを最後に、以降再び連絡が途絶えた。
最初の科学調査の結果がどうだったのか、その後のシルクの調査はどうなったのか、2ヶ月余り連絡を求めた挙げ句、8月に入って漸くヴィッソン氏からU氏のもとにメールが届いた。それは「パリはすでにバカンスの期間に入っており、シルクの調査は9月の中旬から始める予定になっている。また、ポーラの猫と画廊の猫、ふたつのシルクの作品の来歴を知らせて欲しい」との連絡であった。
先の科学調査の内容や結果については、相変わらず何も触れられていない。5月に送ったシルクの調査が9月になるなら、予め一言連絡があって然るべきではないか。苛立つ私をよそに、U氏は「サマーバケーションによる調査の中断を懸念して、ラボにはまだサンプルを送っていなかったようです」と一言。相変わらず泰然自若の構えを崩さない。この道はいつか来た道~♪。小者の私は、さらにシルクの調査が必要になったという事は、科学調査では問題が無かったのだと、希望的観測をして気を取り直すしかなかった。
フジタ生誕140年となる2026年を前に、国内で今年から来年にかけて各地で複数のフジタの展覧会が開催される。それぞれ異なるアプローチから、画家の仕事に迫る興味深い展覧会が目白押しである。
命を賭した制作に込められた情熱は消えない。もの言わぬ作品は、しかし必ずなんらか画家の痕跡を作品にとどめる。そう信じて調査の結果を待つとしよう。
今年の夏はひときわ長い。暑さは10月までも続くという。気の遠くなるような夏の昼下がり、私にはフランス人とバカンスが少し恨めしく思われた。