香希画廊

Art Column

アートコラム

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第15回 「No detail is small」

2024年09月01日更新

 8月初旬ピレネー山脈を歩くため、画廊の仕事は相棒に任せ、私はバルセロナ空港に降り立った。

 今回旅の初日にスペインからアンドラ公国に入り、翌朝ソルテニ渓谷を沢山の花を愛でながら歩いた。この辺りは鉄の採掘で栄えたとの話に、なるほどガウディの鉄の装飾の源はここかと独りごちする。午後アンドラからバスで国境を超えフランスへ。夜ルルドに到着。
 翌早朝から何千万年も前に氷河の浸食を受けて生まれた大岩壁ガヴァルニー圏谷へ。ガヴァルニー滝を目前に仰ぐシルク小屋を目指し、標高差300mを登り、下る。夕刻ホテルに戻って大聖堂へ。「ルルドへの旅」(中公文庫)の表紙の洞窟のマリア像を実際に見る事が出来た。「奇跡の泉」を汲み、夜はローソクセレモニーへと出かけた。
 翌日はまたバスでポン・デ・エスパーニャへ移動。フレンチピレネー最高峰のビニュマール山を遠望し、夏のバカンスで賑わうゴーブ湖まで歩いた。その後国境を越え、夜になってオルデサ渓谷の登山口、トルラに着く。
 翌朝はスペイン側ピレネーのオルデサ国立公園を歩く。多種の高山植物、滝と雄大な渓谷のパノラマの広がりと迫力ある岩山の展望に圧倒された。
「岩は、人間の測定の能力からも想像からも遥かに越えた力の死骸である」と串田孫一は言う。 視線を移せば、せいぜい数日か数十日で散ってしまうであろう小さな高原の花々が、風にそよいでいた。

  旅の途中、考えた。
  何億年何千万年もの歳月を経てそこに存在する大岩壁や氷河、岩山、それら大自然がもたらす感動に比して、人間が創り出す作品から受ける感動とは、一体如何なるものかと。
その時思い出す作品があった。
 セゾン現代美術館のコレクション、芸術家アンゼルム・キーファーの「ヘルオガバル」「オーストリア皇妃エリザベート」「革命の女たち」だ。美術館からの移送がほとんど不可能に思える程の巨大スケールの作品だ。
 ピレネーに出かける少し前に映画館で、ドイツ現代美術を代表する作家アンゼルム・キーファーを描くドキュメンタリー映画「Anselm」を観た。監督はキーファーと同じ1945年ドイツ生まれのヴィム・ヴェンダース。アトリエの中を自転車に乗って移動するキーファーが映画に現れた時には、置かれた膨大な数の絵画とともに、作品の巨大さとアトリエの広大さを知り、度肝を抜かれた。
 芸術には限界がないとキーファーは言う。科学、歴史、神話、宗教、哲学などをアートの材料にして、ミクロコスモスからマクロコスモスに至るまで全て、芸術で描けないものはないと。母国でタブー視されるナチスの暗い歴史の記憶を集積し、芸術に昇華してきたキーファー。その壮大な世界観を、ヴェンダースは複雑な空間と時間のレイヤーの内に見事に描き出していた。
 衝撃を受けた。

 バルセロナ空港に向かう飛行機の中で眠れぬままに観た映画「PERFECT DAYS」。公衆トイレを掃除する男の日常と人々との交流を淡々と描写し、葉擦れの音や揺れる木漏れ日によって、移ろう時と記憶が象徴的に表現され、余韻を残す。それが、映画「Anselm」と同じ、ヴィム・ヴェンダースが監督した作品だったと観てから知って驚いた。ヴェンダースが小津安二郎に心酔している事も、日本贔屓である事も、不覚にも知らなかった。

  ピレネーの大自然と小さな花々、マクロとミクロ、二つの異なる倍率の眼を働かせて人間を見つめよう。時間を思考し、意志の力をコントロールしながら知性と感性を融合させた、自然の力とは異なる、芸術の力を信じたい。
 「Anselm」と「PERFECT DAYS」。1時間半の スペクタクル「Anselm」のキーファーをめぐる映像は、「PERFECT DAYS」で描かれた主人公とその暮らしに注がれるヴィム・ヴェンダースの眼差しへと、見事に収斂されていた。

 画廊に帰って旅の話もそこそこに真っ先にその事を話したら、『「Anselm」と「PERFECT DAYS」両方ともヴィム・ヴェンダースって知らなかったの?ヴィム・ヴェンダース、私好き!』と事もなげに、相棒が言った。

▲ソルテニ溪谷の花 アストランティアマイヨール


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▲ルルド 洞窟のマリア

▲ポルタレット峠のドライブインより(フランスからスペインのトルラへ移動中)
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